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東京地方裁判所 平成4年(ワ)7297号 判決

原告 株式会社津山製作所

右代表者代表取締役 津山昇

右訴訟代理人弁護士 大谷典孝

被告 亡吉田昌弘相続財産

右代表者相続財産管理人 齋藤敏博

被告 牛田良子

右訴訟代理人弁護士 藤森洋

被告 川口優子

右訴訟代理人弁護士 坂巻幸次

石井久雄

被告 株式会社大光銀行

右代表者代表取締役 井田哲生

右訴訟代理人弁護士 岩野正

主文

一  被告亡吉田昌弘相続財産は、原告に対し、金八一二〇万一二〇一円及びこれに対する平成四年五月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告牛田良子は、原告に対し、被告亡吉田昌弘相続財産と連帯して、第一項の金員の内金七〇四万二六七三円及びこれに対する平成四年五月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告川口優子は、原告に対し、被告亡吉田昌弘相続財産と連帯して、第一項の金員の内金三三九万七五六六円及びこれに対する平成四年五月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告株式会社大光銀行は、原告に対し、被告亡吉田昌弘相続財産及び被告牛田良子と連帯して、第二項の金員の内金六二万〇六九九円及びこれに対する平成四年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告の被告牛田良子、被告川口優子及び被告株式会社大光銀行に対するその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、原告に生じた費用の二〇分の七と被告亡吉田昌弘相続財産に生じた費用を被告亡吉田昌弘相続財産の負担とし、原告に生じた費用の八〇分の三と被告牛田良子に生じた費用の八分の一を被告牛田良子の負担とし、原告に生じた費用の四〇分の一と被告川口優子に生じた費用の六分の一を被告川口優子の負担とし、原告に生じた費用の二五〇分の一と被告株式会社大光銀行に生じた費用の五〇分の一を被告株式会社大光銀行の負担とし、その余はすべて原告の負担とする。

七  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文第一項と同旨

二  被告牛田良子(以下「被告牛田」という。)は、原告に対し、被告亡吉田昌弘相続財産(以下「被告相続財産」という。)と連帯して、第一項の金員の内金五四七一万三三六七円及びこれに対する平成四年五月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告川口優子(以下「被告川口」という。)は、原告に対し、被告相続財産と連帯して、第一項の金員の内金二三八八万七八三四円及びこれに対する平成四年五月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告株式会社大光銀行(以下「被告大光銀行」という。)は、原告に対し、被告牛田と連帯して、第二項の金員の内金三一一一万三三六七円及びこれに対する平成四年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告の元経理部長であった亡吉田昌弘(以下「吉田」という。)が原告振出の別紙第一目録≪省略≫(以下「第一目録」という。)記載の小切手(以下「本件各小切手」ということがある。)を横領したうえ、右のうち、被告牛田に別紙第二目録≪省略≫(以下「第二目録」という。)記載の小切手の換金を、被告川口に別紙第三目録≪省略≫(以下「第三目録」という。)記載の小切手の換金をそれぞれ依頼し、被告牛田及び同川口がこれらの小切手を第二及び第三目録各記載の金融機関を通じて換金したのは、それぞれ吉田と被告牛田又は同川口の共同不法行為を構成し、また、被告大光銀行川口支店の従業員である金井広志(以下「金井」という。)が被告牛田の依頼を受けて、第二目録のうちの別紙第四目録≪省略≫記載(以下「第四目録」という。)の小切手を換金したのは、被告牛田と被告大光銀行の共同不法行為を構成するとして、原告が、被告相続財産に対し、第一目録記載の小切手の額面相当額の損害賠償を、被告牛田及び同川口に対し、それぞれ被告相続財産と連帯して、被告牛田につき第二目録記載の小切手の額面相当額の、被告川口につき第三目録記載の小切手の額面相当額の各損害賠償を、被告大光銀行に対し、被告相続財産及び被告牛田と連帯して第四目録記載の小切手の額面相当額の損害賠償をそれぞれ求めている事案である(なお、右各目録中の小切手番号は、各目録を通じて同一である。)。

二  基礎となる事実

1  原告は、肩書住所地に本店及びショールームを、埼玉県越谷市に卸センターをそれぞれ置き、家具の製造卸業及びビル、マンションなどの不動産賃貸業を営む株式会社である(平成六年一月二五日付原告代表者津山昇[以下「津山」という。]の尋問調書≪省略≫[以下、右を「津山調書①」、同年五月一七日付同人の尋問調書を「津山調書②」という。]。)。

2(一)  吉田は、昭和四一年一〇月ころ、原告に入社し、同四八年末ころから経理部長として、越谷の卸センターにおいて、原告の現金、手形及び小切手の管理並びにコンピューターシステムによる経理帳簿の管理などを担当していた者である(証人石塚四郎[以下「石塚」という。]の尋問調書≪省略≫、津山調書①≪省略≫)。

(二)  原告が小切手を振り出す場合、吉田が自ら保管する小切手用紙に金額、振出日などを記入し、原告の記名を行ったうえ、津山に対し、右振出の説明を行い、津山が保管する銀行届出印の押印を受けて完成させていた(津山調書①≪省略≫)。

(三)  原告では、取引銀行間の預金の移動のために小切手を利用しており(例えば、A銀行からB銀行への資金の移動に、A銀行を支払者とする小切手を振り出し、B銀行へ右小切手を入金して預金の移動を行う。)、これを「振替」と称していた(≪証拠省略≫、石塚の尋問調書≪省略≫、津山調書①≪省略≫)。

3(一)  被告牛田は、都内北区赤羽所在のキャバレー「ハリウッド」のホステスであり、吉田は、昭和六一、二年ころから平成四年二月初旬ころまで、平均して週一回程度の割合で同店に通っていた。吉田と被告牛田は、昭和六二年ころから愛人関係にあった(≪証拠省略≫、被告牛田の尋問調書≪省略≫)。

(二)  被告牛田は、平成元年八月から同三年一二月にかけて、第二目録記載の各振出日のころ、吉田から換金依頼と共に、同目録記載の小切手を手渡されたが、同目録1ないし3、5ないし7、9の小切手については、被告牛田において、更にハリウッドの経理担当の従業員訴外菅野都紀子(以下「菅野」という。)に換金を依頼し、菅野がこれらを訴外住友銀行赤羽支店に取立委任をして、同目録記載の各換金日のころ、「赤羽ハリウッド岡田穣」名義の普通預金口座に同目録1、2の小切手金を、同支店の「菅野都紀子」名義の普通預金口座に同目録3、5ないし7、9の小切手金をそれぞれ入金させて換金し、同目録4、11、ないし16、18、19、22、26ないし、30、33の小切手については、被告牛田が、被告大光銀行川口支店に取立委任をして、同目録記載の各換金日のころ、被告牛田名義の普通預金口座に右各小切手の小切手金を入金させて換金した(≪証拠省略≫、被告牛田の尋問調書≪省略≫)。

4(一)  被告川口は、越谷市において飲食店(スナック)「なおみ」を経営する者であり、吉田は、昭和六〇年四月ころから平成三年一二月ころまで、概ね週二回程度の割合で同店に通っていた(被告川口の尋問調書≪省略≫)。

(二)  被告川口は、平成二年二月から同三年八月にかけて、第三目録記載の各振出日のころ、吉田から換金依頼と共に、同目録記載の小切手を手渡され、越谷大里郵便局(同目録21の小切手のみ越谷郵便局)に取立委任して、同目録記載の各換金日のころ、被告川口名義の通常貯金口座に右各小切手の小切手金をそれぞれ入金させて換金した(≪証拠省略≫、被告川口の尋問調書≪省略≫。)。

5(一)  被告大光銀行は、新潟県長岡市に本店を置く銀行である。金井は、昭和六一年八月から平成四年八月まで、同行川口支店の渉外係として勤務し、昭和六三年の秋頃から、被告川口及びその実母である訴外牛田まさ(以下「まさという。)との取引を担当していた(金井の尋問調書≪省略≫。)。

(二)  金井は、平成元年一一月から同三年一二月にかけて、第四目録記載の各換金日のころ、まさを通じて被告牛田から同目録4、11、ないし16、18、19、22、26、29、30の小切手の取立委任を受け、被告牛田名義の普通預金口座に右各小切手の小切手金を入金し、いずれも入金後数日内に、被告牛田の請求に基づいて同口座から右各小切手金相当額の現金を払い戻した。

また、同目録27、28及び33の小切手については、その各換金日のころ、被告大光銀行の他の従業員が取立委任を受け、被告牛田名義の前記口座に右各小切手の小切手金を入金し、右と同様に、いずれも入金後数日内に現金を払い戻した(金井の尋問調書≪省略≫、≪証拠省略≫。)。

6(一)  石塚税理士は、原告の決算書類作成を指導し、法人税申告書の作成を依頼されていたところ、平成三年三月ころ、貸マンションからの敷金収入が、原告の帳簿上に記載されていないことを発見し、吉田に右の事実関係を明らかにするとともに、原告の取引銀行との当座照合表の提出を求めたが、明確な回答はなく、また、当座照合表も提出されなかった(石塚の尋問調書≪省略≫)。

(二)  そこで、石塚税理士は、平成四年一月ころ、津山を通じて原告における平成元年から同三年までの当座照合表の提出を受け、これらと原告の当座預金出納帳に記帳されている入出金の金額をチェックしたところ、原告振出の小切手に関し、吉田が不正な経理処理を行っていた事実を発見した。

そこで、同税理士は、更に平成四年一月一〇日から同年二月二六日にかけて、右の不正経理に対する調査を重ね、調査対象期間を昭和六四年一月一日から平成三年一二月三一日までとする平成四年三月三一日付調査報告書を作成した(≪証拠省略≫、石塚の尋問調書≪省略≫)。

(三)  右の調査の過程で判明した吉田の不正経理について、津山が、吉田に対し、厳しく追及したところ、吉田は、平成四年二月一九日、被告川口に対し越谷大里郵便局及び越谷郵便局で現金化した約二五〇〇万円を、また、被告牛田に対しショールームの現金及び家賃売掛金を五名の架空名義を用いた定期預金として約五〇〇〇万円を、被告大光銀行川口支店の被告牛田名義の銀行口座に約八〇〇〇万円を、それぞれ預けてある旨を記載した念書を作成した(≪証拠省略≫、津山調書②≪省略≫)。

平成四年二月二六日の深夜、津山が、被告牛田に対し、右念書を示して同人にかかる右金銭の返還を求めたが、被告牛田は、右念書の内容となっている預け金の存在を否定して、これに応じなかったため、翌二七日の未明にかけて吉田を被告牛田に引き合わせるなどしたが、被告牛田は津山の請求に応じることはなかった(津山調書①≪省略≫)。

7  吉田は、平成四年三月二日、マンションから飛び下り自殺を図って下半身不随の重傷を負い、同年七月一九日死亡した。吉田は、平成四年二月二五日に妻と協議離婚しており、吉田の死亡後に、その子二名及び吉田の実弟、実妹が順次相続の放棄をした。そのため、吉田について相続人のあることが明らかでないとして、その相続財産は法人となり、実弟の申立に基づき浦和家庭裁判所越谷支部は、平成五年一〇月一三日、相続財産管理人として弁護士齋藤敏博を選任した(≪証拠省略≫、平成四年一一月一〇日付訴訟受継の申立書添付の疎≪証拠省略≫)。

三  争点

1  被告相続財産の不法行為責任

吉田が本件各小切手を横領したかどうか。

(原告の主張)

吉田は、平成元年八月から同三年一二月にかけて、いずれも第一目録記載の各振出日のころ、自己が費消するために本件各小切手を横領した。

(被告らの主張)

いずれも知らない。

2  一部弁済

吉田による本件各小切手横領に基づく被告相続財産の本件損害賠償債務について、三〇〇〇万円の弁済がなされたかどうか。

(被告相続財産の主張)

仮に、被告相続財産が吉田の小切手横領による損害賠償債務を負担するとしても、次の金員合計三〇〇〇万円は弁済済みである。

(一) 吉田を被保険者とする生命保険で同人の死亡後に原告が受領した生命保険金一〇〇〇万円。

(二) 吉田所有の志木市内のマンションの売却代金中から原告が受領した二〇〇〇万円。

(原告の主張)

原告が、右(一)、(二)の金員を受領したことは認めるが、これらは本訴の対象外の吉田による現金、売掛金の横領に基づく損害に充当された。

3  被告牛田の不法行為責任

被告牛田が、第二目録記載の小切手の換金をするにあたり、吉田による小切手横領の事実を知っていたかどうか、また、右事実を知らなかったとしても、右換金行為について過失があったかどうか。

(原告の主張)

(一) 被告牛田と吉田との間には、原告の小切手を授受するような経済的取引行為がないにもかかわらず、被告牛田による小切手の換金行為は、前記二3(二)のとおり、平成元年八月から同三年一二月までの二年半の間に計二三通、額面の合計は五四七一万三三六七円にも上り、また、被告牛田は、本訴の対象としているもの以外にも小切手の換金を行っていること、そして、これらの小切手はすべて原告振出のものであること、被告牛田は、吉田が原告に勤務していることを知っていたこと、更に、被告牛田は吉田といわゆる愛人関係にあり、小切手の換金に対する対価として、吉田から現金を受け取っていたはずであることなどの事情に照らせば、被告牛田は、小切手の換金にあたり、吉田による小切手横領の事実を知っていたというべきである。

(二) 仮に、被告牛田が、吉田による小切手横領の事実を知らなかったとしても、単に、仕事に使うお金という説明を受けただけで、特に詳しい事情も尋ねることもなく、右のような多額の小切手を多数回にわたって換金し続けたことは、社会生活上の注意義務に違反するものというべきである。

(三) したがって、被告牛田は、原告に対し、故意または少なくとも過失による不法行為責任を負い、吉田との共同不法行為として被告相続財産と連帯して第二目録記載の小切手の額面相当額の損害賠償義務を負う。

(被告牛田の主張)

(一) 被告牛田は、吉田を信頼していたので、「仕事に使うお金なので換金してほしい。」という依頼に特に疑問を持つこともなく、また、詳しい事情を尋ねることもなく、あくまでも善意で、受け取った小切手を換金し、その都度現金を吉田に渡していたものであり、吉田が小切手を横領していたという事情は全く知らなかったものであるから、故意による不法行為責任を負ういわれはない。

(二) 小切手の換金行為は、通常の経済行為であって、何ら違法性、反社会性はなく、他人から依頼されて無償でこれを行うことも何ら社会的に非難される行為ではない。また、被告牛田はキャバレーのホステスに過ぎず、職業上、吉田の横領行為を未然に防止すべき高度の注意義務を負担する者でもない。そして、被告牛田において、換金した小切手金を不当に費消したことはなく、吉田の依頼の趣旨に従い、全額を同人に返還しており、被告牛田、吉田の違法行為を予見するのは不可能である。更に、原告においても長年発見できなかった行為を、換金に関与したことのみをもって、予見義務を課されるのは公平に反する。したがって、被告牛田は、過失による不法行為責任を負うこともない。

4  被告川口の不法行為責任

被告川口が、第三目録記載の小切手の換金をするにあたり、吉田による小切手横領の事実を知っていたかどうか、また、右事実を知らなかったとしても、右換金行為について過失があったかどうか。

(原告の主張)

(一) 被告川口と吉田との間には、原告会社の小切手を授受するような経済的取引行為がないにもかかわらず、被告川口の換金行為は、前記二4(二)のとおり、平成二年一月から同三年八月までの一年半の間に計九通、額面の合計は二三八八万七八三四円に上り、また、被告川口は、本訴の対象としているもの以外にも小切手の換金を行っていること、そして、これらの小切手はすべて原告振出のものであること、被告川口は、吉田が原告の経理を担当していることを知っていたこと、更に、被告川口も吉田と愛人関係にあり、小切手の換金に対する対価として、吉田から現金を受け取ってた様子が窺われることなどの事情に照らせば、被告川口は、小切手の換金にあたり、吉田による小切手横領の事実を知っていたというべきである。

(二) 仮に、被告川口が、吉田による小切手横領の事実を知らなかったとしても、同人の「表にできないお金なので、郵便局で換金して欲しい。」との依頼に、特に疑問を持つこともなく、右のような多額の小切手を多数回にわたって換金し続けたことは、社会生活上の注意義務に違反するものというべきである。

(三) したがって、被告川口は、原告に対し、故意または少なくとも過失による不法行為責任を負い、吉田との共同不法行為として被告相続財産と連帯して第三目録記載の小切手の額面相当額の損害賠償義務を負う。

(被告川口の主張)

(一) 被告川口は、吉田が原告の経理関係をすべて任されている経理部長であると聞かされており、現実にも吉田は経理部長であったこと、吉田及び同人が連れてくるお客の態度はきちんとしていたこと、吉田の財布には常に多額の現金が入っており、飲食代の支払いも常に吉田が現金でしていて、原告はかなり儲かっている会社であると感じていたことなどから、被告川口は、吉田を全面的に信頼していたものであり、吉田の横領という事情を全く知らずに、善意で吉田の依頼に応じていたに過ぎないから、故意による不法行為責任を負うものではない。

(二) 右(一)のとおり、被告川口は、吉田を全面的に信頼していたものであるから、吉田の「原告の家具販売の利益金であるが、表にできないお金だから郵便局で換金してくれ。」という依頼に何の疑問もなく、応じたとしても、社会生活上の注意義務に違反するものではない。

5  被告大光銀行の使用者責任

金井が、被告牛田が不法な行為により第四目録記載の小切手の換金を図っていたことを知っていたかどうか、また、被告牛田の依頼により第四目録記載の小切手を換金したことについて過失があったかどうか。

(原告の主張)

(一) 金井は、被告牛田の職業を知っており、第四目録記載の小切手がすべて原告振出のものであり、かつ、小切手記載の金額、換金の時期から、被告牛田が不法な行為により小切手の換金を図っていたことを知っていた。

(二) 金井は、被告大光銀行の渉外係として、被告牛田の自宅に赴いて銀行業務を行っていたところ、第四目録記載の小切手は、すべて原告振出のもので、かつ、高額であり、また、被告牛田は小切手を頻繁に入手する業務をしていたわけではなく、換金後は直ちに全額を払戻していたのであるから、金井において、被告牛田が不法な行為により換金を計っているのではないかと疑い、小切手の振出や入手先を問いただすか、振出人に問い合わせをするなど、小切手換金の正当性を確認すべき義務があったにもかかわらず、金井において右小切手の裏面に被告牛田の氏名を記入したうえ、換金を継続したのは、いわゆるマネーロンダリングに関与しないという銀行の社会的責務にも反し、銀行員として職務上要求される前記注意義務に違反したものである。

また、同目録27、28、33の小切手は、被告牛田が、金井以外の被告大光銀行の行員に換金を依頼したものであるが、右行員にも金井と同様の過失がある。

(三) したがって、被告大光銀行は、原告に対し、使用者責任を負い、被告相続財産及び被告牛田と連帯して右小切手の額面相当額の損害賠償義務を負う。

(被告大光銀行の主張)

(一) 金井は、被告牛田の職業も知らなかったし、被告牛田が不法な行為により小切手の換金を図っていたことも知らなかった。

(二) 持参人払式小切手は、裏面記載の如何にかかわらず、また、所持人が小切手を呈示するだけで、特に自らの実質的権利の存在を証明することなく、小切手上の権利を行使し得るものであり、小切手を受け入れようとする銀行においても、呈示された小切手の実質関係に特に顧慮することなくその交付を受けることができるものである。また、金井が行った書き込みは、小切手が不渡り、支払拒絶により返還されたときにその入金先を迅速確実に知る必要から小切手の裏面に入金先を記載するもので、銀行内部処理の便宜上のものに過ぎない。そして、金井においては、第四目録記載の小切手の実質関係を知る由もなく、全くの善意であったのであるから、右のような小切手の特性と併せれば、通常の銀行業務の一環として、金井が被告牛田の依頼により、同目録記載の小切手の換金を行ったことについて、被告大光銀行の不法行為責任を問うのは失当である。

(三) 仮にそうでないとしても、金井は被告牛田の職業を知らなかったし、同人の母であるまさは被告大光銀行川口支店開設以来の良好な取引先であって、当初は全くの疑問を持たなかった。ところが、右小切手の振出人がすべて原告であり、しかも多額かつ換金のみであったので、金井は不審に思い、被告牛田に「多額の小切手が頻繁に持ち込まれるが、正常な取引ではないように思えるが、大丈夫なのか。」と質問したところ、被告牛田は「あるお客さんに頼まれて換金しているので間違いのない小切手である。心配しなくてよい。」と不機嫌で応対したので、これ以上の質問を思い止まった。その後、再び多額の小切手が持ち込まれ始めたので、金井は、前任者や支店次長とも相談のうえ、平成二年の夏ころ、原告に問い合わせの電話を架けたところ、経理部長と称する吉田が出て「金額の脇に吉田の印が押されているのは、間違いのない小切手だ。取引先の業者の中で資金繰りの関係で取引銀行に小切手を振り込めない業者がお宅と取引のある人に頼んで換金しているのではないでしょうか。」との答えがなされた。このように、金井は、被告牛田及び原告会社の経理部長に問い合わせ、間違いのない小切手であることを確認し、原告の損害を未然に防止すべき注意義務を尽くしたのであるから、金井に過失はない。

6  過失相殺

(被告らの主張)

(一) 原告は、吉田に全幅の信頼を寄せて、小切手の振出に関し、代表者以外に、他の役職者の職印を必要とするなど、経理部長の所掌事務に関連する犯罪を防止するための厳格な服務規制がなかった

(二) 原告は、本訴の対象とされている小切手だけでも三三通、それ以外にも多数回にわたり吉田の不正な小切手振出を見逃していたものであり、原告が日頃から社員の綱紀に気を配り指導監督を厳にし、原告代表者自身も小切手の内容をしっかり確認したうえで、銀行届出印を押捺していれば、吉田の不正は未然に防止し得たはずである。

(三) 原告のような規模の会社であれば、定期監査を実施しているはずであるところ、吉田の小切手取得が始められた時から平成三年一二月末までの定期監査を適正に行っていれば吉田の不正をたやすく発見し、これを未然に防止しえたはずである。

(四) 原告代表者は、平成三年二月に石塚税理士から不正行為の一部を指摘されながら、これを放置し、小切手振出についても、特段の注意を払っていなかったため、その損害を拡大させた。

(原告の主張)

いずれも否認する。

第三当裁判所の判断

一  争点1(被告相続財産の不法行為責任)について

1  前記第二「事案の概要」欄二「基礎となる事実」2(吉田の原告における業務上の地位及び役割)、同3(被告牛田による小切手の換金)、同4(被告川口による小切手の換金)、同6(石塚税理士による調査)の各事実及び≪証拠省略≫(本件各小切手)、≪証拠省略≫(念書)、≪証拠省略≫(石塚作成の調査報告書)、石塚の証言(同人の尋問調書≪省略≫)、津山の供述(津山調書①≪省略≫)によれば、吉田が、本件各小切手を、いずれも第一目録記載の各振出日のころ、自己が費消するために横領し、その態様は、概ね次のとおりであったことが認められる。

(一) 原告が当座預金の銀行間振替のためという名目で振り出した小切手を、吉田が被告牛田及び同川口に依頼して換金したもの(被告牛田につき、第一目録1ないし7、9、11、13ないし16、18、19、22、27の小切手、被告川口につき、同目録8、10、17、20、23、25、31、32の小切手。なお、同目録24の小切手は、吉田が自らあるいは被告牛田及び同川口以外の者に依頼して換金したものと推認される。)。

(二) 原告の会計帳簿に記載せずに振り出した小切手を被告牛田及び同川口に依頼して換金したもの(被告牛田につき、第一目録12、28の小切手、被告川口につき、同21の小切手。)

(三) 架空仕入れを計上して振り出した小切手を被告牛田に依頼して換金したもの(第一目録26、29、30、33の小切手。)。

2  ところで、右のような吉田の業務上の地位からすると、吉田は、原告の小切手振出業務に関し、津山の全面的な信頼を得ていたことを奇貨として、津山に対し、小切手の振出の必要性につき虚偽の説明をして銀行届出印の押印を受けたものとの可能性も高く、このような場合には、むしろ、真正な小切手を詐取したものともいうべきであるが、いずれにしても、小切手振出後における吉田の領得行為につき、原告に対する不法行為を構成することに疑いはない。

3  したがって、被告相続財産は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、第一目録記載の小切手の額面相当額である八一二〇万一二〇一円の支払い義務を負うものである。

二  争点2(一部弁済)について

1  原告が、吉田の死亡保険金一〇〇〇万円及び吉田が妻に財産分与したマンションの売却代金から二〇〇〇万円の合計三〇〇〇万円を、吉田の不正経理による損害賠償金として受領したことは当事者間に争いがないところ、被告相続財産は、右三〇〇〇万円は、吉田の本件各小切手横領による損害賠償債務の弁済として支払ったものであると主張する。

2  しかしながら、≪証拠省略≫(津山の報告補充書)及び津山の供述(津山調書②≪省略≫)によれば、吉田の生命保険の受取人を原告に変更する手続きをとったのは、吉田が妻との協議離婚をした平成四年二月二五日よりも前であること、≪証拠省略≫(志木市のマンションの登記簿謄本)によれば、右マンションの売却代金中の二〇〇〇万円についても、その支払い約束をしたのは、同年三月一九日であることがそれぞれ認められ、さらに、≪証拠省略≫(石塚作成の調査報告)、石塚の証言(≪省略≫)によれば、吉田は、原告に対し、本件各小切手以外にも、現金や売掛金などの横領により少なくとも一億円程度の損害を与えており、かつ、これらの損害が生じていることは、少なくとも石塚が調査報告書を作成した同年三月三一日までには原告において掌握していたことが認められる。

右の各事実に、原告が本訴を提起した時期(平成四年五月七日)を併せ考慮すると、むしろ、原告の主張のとおり、原告は右三〇〇〇万円を現金の横領による損害に充当したうえで、その余の損害につき本訴を提起したものと推認されるから、被告相続財産の右主張は採用できない。

三  争点3(被告牛田の不法行為責任の成否)について

1  まず、原告は、被告牛田は小切手の換金にあたり、吉田による小切手横領の事実を知っていたと主張するが、右事実を直接示す証拠はないうえ、被告牛田が小切手換金によって手数料又は報酬という名目の現金を受け取っていたことを認めるに足りる的確な証拠もないのであるから(前記第二「事案の概要」欄二「基礎となる事実」6(三)で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、≪証拠省略≫の内容が真実であると認めることはできない。)、後記2のように原告が被告牛田の故意を推認すべきものとして主張する事情がいくつか認められるとしても、被告牛田が、小切手の各換金にあたり、吉田による小切手横領の事実を知っていたものとまで推認することはできない。

2  次に、原告は、被告牛田が右換金に協力したこと自体に社会生活上の注意義務違反があると主張するので、以下検討する。

前記第二「事案の概要」中の二「基礎となる事実」3(一)、(二)で認定した事実及び≪証拠省略≫並びに被告牛田の供述(同人の尋問調書≪証拠省略≫)に弁論の全趣旨を総合すると、被告牛田と吉田の関係は、いわゆるキャバレーのホステスと客というものに過ぎず、何ら小切手の授受をするような経済取引があるものではなく、また、被告牛田は、吉田が原告に勤務するサラリーマンであることを知りながら、「仕事に使うので、小切手を換金してくれ。」という吉田の依頼に、特に疑問を持ったり、理由を質すこともなく、ただ漫然と頼まれるままに、第二目録記載の原告振出の各小切手を金融機関を通じて換金し、吉田に現金を交付していたものであり、そして、また、第二目録記載の小切手以外にも、吉田の依頼により、原告振出の小切手を換金していたことが認められる。

3  右によると、吉田の換金依頼は、同人が通っていたキャバレーのホステスに原告振出の小切手を現金化してくれというものであって、到底、原告の通常の業務執行行為とは考えられないものというべきであるから、たとえ被告牛田が吉田を人間的に信頼していたとしても、本件のような高額の小切手の換金依頼が多数回にわたって連続してなされた場合、被告牛田としては、その理由を吉田に質し、これに納得のいく合理的な説明がなされない以上、小切手の換金を拒むなどの措置をとるべきであって、被告牛田が吉田の右依頼に何の疑問も抱くこともなく、ただ頼まれるままに高額の小切手の換金をし続けたことは、余りにも軽率であるとの誹りを免れず、通常人として用いるべき相当の注意を怠ったものといわなければならない。

そして、本件において、被告牛田は、前示のとおり、平成元年八月から毎月一回(同年一二月には二回)、最低でも二〇〇万円近い金額の小切手を換金し続け、同二年二月一三日には額面六〇〇万円という高額の小切手の換金を行ったものであり、このような経過に照らすと、遅くとも右六〇〇万円の小切手(第二目録9の小切手)の換金を行った時点で、右に述べた内容の過失が認められるものというべきである。

4  これに対し、被告牛田は、小切手換金行為自体は、通常の経済行為であって、何ら違法性、反社会性はなく、また、他人から依頼されて無償でこれを行うことも何ら社会的に非難される行為でもない、更に、被告牛田はキャバレーのホステスに過ぎず、職業上、吉田の横領行為を未然に防止すべき高度の注意義務を負担する者でもない。そして、被告牛田において、換金した小切手金を不当に費消したことはなく、吉田の依頼の趣旨に従い、全額を同人に返還しており、被告牛田において吉田の違法行為を予見するのは不可能であったと主張する。

5  確かに、小切手の取立委任を受けること自体には、何ら違法性、反社会性はなく、また、被告牛田は職業上高度の注意義務を負担するものではないから、吉田の不正行為を一般的に防止すべき義務もない。

しかしながら、前示のとおり、吉田の依頼は単発的ではなく、多数回にわたり連続してなされたものであり、また、吉田の被告牛田に対する換金依頼に伴う説明は極めてあいまいで通常人を納得させるような合理的理由を伴ったものではなかったにもかかわらず、被告牛田は、何ら理由を問い質すこともなく、漫然と高額な小切手の換金を継続したのであるから、被告牛田には、過失があったと言わざるを得ない。

なお、被告牛田は、原告においても、吉田の不正行為を長年発見できなかったのであるから、被告牛田に対し、小切手換金行為に関与したことのみをもって、吉田の不正行為につき予見義務を課すのは公平ではないと主張するが、原告が長年発見できなかったという事情は後述する過失相殺を基礎付ける事情になるとしても、被告牛田の前記注意義務を免れさせるものとまでいうことはできない。

6  以上によれば、被告牛田は、吉田の依頼に応じて、過失により同人が横領した小切手の換金を継続したことによって、客観的に吉田と共同して原告振出の小切手を現金化したものというべきであるから、吉田との共同不法行為に基づく損害賠償として、被告相続財産と連帯して、第二目録9以降の各小切手の額面相当額である三五二一万三三六七円の支払い義務を負うものというべきである。

四  争点4(被告川口の不法行為責任の成否)について

1  まず、原告は、被告川口についても第三目録記載の小切手の換金にあたり、吉田による小切手横領の事実を知っていたと主張するが、これを直接示す証拠はないうえ、被告川口が、小切手の換金によって手数料又は報酬を受け取っていたことを認めるに足りる的確な証拠はないから(≪証拠省略≫も前記≪証拠省略≫と同じ日に作成されたものであって、その内容が真実であるとまで認定することはできない。また、被告川口の常陽銀行越谷支店の預金に関する被告川口の供述[四九四ないし四九七項]と通帳の記載[≪証拠省略≫]との間に若干整合的でない部分が認められるが、このことから、被告川口が報酬ないし手数料を得ていたと認めることはできない。)、後記2のとおり、原告が被告川口の故意を推認すべきものとして主張する事情がいくつか認められるとしても、被告川口が、小切手の各換金にあたり、吉田による小切手横領の事実を知っていたものとまで推認することはできない。

2  次に、原告は、被告川口が右換金に協力したこと自体に社会生活上の注意義務違反があると主張するので、以下検討する。

前記第二「事案の概要」中の二「基礎となる事実」4(一)、(二)で認定した事実及び≪証拠省略≫並びに被告川口の供述(同人の尋問調書≪省略≫)に弁論の全趣旨を総合すると、吉田と被告川口との関係は、いわゆるスナックのママと常連客というものに過ぎず、何ら小切手の授受をするような経済取引があるものではなく、また、被告川口は、吉田が原告に勤務する者であることを知りながら、「会社の利益金であるが、表にできないお金なので、郵便局で換金してくれ。」という吉田の依頼をきっかけに、その後は、特に疑問を持ったり、詳しい理由を尋ねることもなく、吉田に頼まれるままに、第三目録記載の原告振出の小切手を越谷大里郵便局外で換金して吉田に現金を交付し、あるいは、小切手金を被告川口において立替えて吉田に支払っていたというものであり、そして、また、被告川口は第三目録記載の小切手以外にも、吉田の依頼により、原告振出の小切手を換金していたことが認められる。

3  右によると、吉田の換金依頼は、同人が常連客として通っていたスナックのママに対し、表にできない金なので原告振出の小切手を郵便局で現金化してくれというものであって、およそ原告の通常の業務執行ということはできないのであるから、たとえ被告川口が吉田を信頼していたとしても、本件のような高額の小切手の換金依頼が連続してなされた場合、被告川口としては、表にできないお金と称する小切手の換金依頼が連続する理由を吉田に質し、これに納得のいく合理的な説明がなされない以上、小切手の換金を拒むなどの措置をとるべきであって、右のごとくただ頼まれるままに小切手の換金をし続けたことは、被告牛田と同様に、余りにも軽率であるとの誹りを免れず、通常人として用いるべき相当の注意を怠ったものというべきである。

そして、本件において、被告川口は、平成二年一月三一日ころ、九〇万円、同年二月一三日ころ、六〇〇万円、同年八月一七日ころ、四〇〇万円というように、わずか半年余りの間に三通、額面の合計が一〇九〇万円にも上る金額の小切手を換金したものであり(右の九〇万の小切手と同時に換金された一〇〇万円の小切手も併せると、計四通、額面の合計は一一九〇万円となる[≪証拠省略≫、被告川口の尋問調書≪省略≫]。)、このような経過に照らすと、遅くとも右四〇〇万円の小切手(第三目録17の小切手)の換金を行った時点で右に述べた内容の過失が認められるものというべきである。

4  これに対し、被告川口は、吉田は実際に原告の経理部長であったこと、吉田から原告の経理関係はすべて任されており、津山と半分ずつ出資して寿商事という不動産会社を共同経営していると聞かされていたこと、吉田の財布には常に多額の現金が入っており、店に連れてくる原告の社員や銀行員、証券会社の人物もきちんとしていたこと、店の飲食代金は吉田が常に現金で支払っており、原告はかなり儲かっている会社であると思っていたこと、本件が発覚するまで周囲の誰もが吉田を信頼していたと述べていることなどを根拠に、被告川口において、吉田が原告振出の小切手の換金依頼をする権限を持つと信じたことに正当事由があったというべきであるから、過失はないと主張する。

5  しかしながら、仮に、被告川口が主張するような事情が認められるとしても(但し、右小切手は、寿商事振出のものではない。)、前示のとおり、吉田の依頼は単発的ではなく、連続してなされたものであり、また吉田の依頼内容も前記のように少なくとも通常人を納得させるような合理的理由を伴ったものではなかったにもかかわらず、これに何ら疑問を持たずに、漫然と換金を継続したのであるから、被告川口には、過失があったと言わざるを得ない。

6  以上によれば、被告川口は、吉田の依頼に応じて、過失により同人が横領した小切手の換金を継続したことによって、客観的に吉田と共同して原告振出の小切手を現金化したものというべきであるから、吉田との共同不法行為に基づく損害賠償として、被告相続財産と連帯して、第三目録17以降の各小切手の額面相当額である一六九八万七八三四円の支払い義務を負うものというべきである。

五  争点5(被告大光銀行の使用者責任の成否)について

1  まず、金井において、被告牛田が不法な行為により小切手の換金を図っていたということを知っていたと認めるに足りる証拠はない。

2  次に、原告は、金井が被告牛田からの依頼によって、第四目録記載の小切手を継続して換金したことは、小切手の振出や入手先を問いただしたり、振出人に問い合わせて、小切手換金の正当性を確認するなど、銀行員として職務上要求される注意義務に違反するものであると主張するので検討する。

前記第二「事案の概要」中の二「基礎となる事実」3(二)、同5(一)、(二)で認定した事実及び≪証拠省略≫並びに金井の供述(同人の尋問調書≪省略≫)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 金井は、昭和六三年の秋ころから、被告大光銀行川口支店の渉外係として、まさが居住する地区を担当することとなり、同人を訪問した際に、同人を通じて、被告牛田から第四目録記載の小切手の取立委任を受けるようになったが、まさは川口支店開設以来の良好な取引先であったこともあって、当初、被告牛田からの右依頼に特に疑問を持つことはなかった。

(二) ところが、金井は、被告牛田が原告振出の小切手の取立を三回連続して依頼してきた時点で、被告牛田が取立委任した小切手は、取立後、直ちに現金を払い戻すという扱いであったこともあって、右の依頼が正常な取り立てであるかどうかについて疑問を感じ、被告牛田に対し、「多数の小切手が頻繁に持ち込まれるが、正常な取引ではないように思えるが、大丈夫なのか。」と質問したところ、被告牛田は「あるお客さんに頼まれて換金しているんだから、決して心配のない小切手である。今までも何回も落ちているから心配いらない。」と言い、むっとしたような顔で応対したので、それ以上の質問を思い止まった。

(三) しかしながら、その後も、同様の換金依頼が重なったので、金井は、平成二年の夏ころ、前任者や支店次長とも相談のうえ、第四目録15の小切手について、原告の電話番号を興信録で調べた上、原告に問い合わせの電話を架けたところ、経理部長の吉田が電話に出て「金額の脇に吉田の印が押されているのは、間違いのない小切手だ。たまたま取引先の中には、資金繰りの関係で自分のところの取引銀行に出せない小切手があって、お宅の取引関係の人に頼んで換金していることが多々あるんじゃないか。」との答えが返ってきた。

(四) その後、金井は、被告牛田から原告振出の小切手の換金依頼が継続してなされても、特に懸念を持つこともなく、平成四年一月ころまでの間、前示のとおり、第四目録記載の小切手の換金を行い、現金を被告牛田に払い戻していた。

3  右によると、まず、金井が、被告牛田の持ち込んだ小切手を最初に取り立てた右2(一)の時点では、一般に銀行取引において、預金者が小切手の取立委任をした場合、これに応じるのが通常の銀行業務であるというべきであるから、被告牛田の依頼に応じた金井に過失があったということはできない。

次に、原告振出の小切手の持込みが三回連続した右2(二)の時点においても、金井は右認定のとおり被告牛田に小切手の素性を尋ねており、同人の応対が多少不自然であったとしても、この程度の応対がなされたことをもって、直ちに取立を停止すべきであったとまでいうことはできないから、過失を認めることはできない。

また、その後も同様の依頼が重なった右2(三)の時点においても、金井は、右のとおり、原告の電話番号を興信録で調べた上、原告に直接電話を架けて、経理部長であった吉田から、原告の小切手振出の確認を得ているのであるから、金井に過失を認めることはできない。

しかしながら、右2(三)の時点の後の被告牛田の換金依頼の経過を見ると、前示のとおり、平成二年八月一八日ころ、三九〇万円、同年九月一八日ころ、二一〇万円、同年一〇月二二日ころ、二五〇万円、平成三年一月七日ころ、五〇〇万円と、平成二年中は毎月連続して高額の小切手が持ち込まれ、翌平成三年一月には、五〇〇万円とこれまでの換金依頼の中で最も高額の小切手が持ち込まれたのであり、また、金井において、被告牛田がキャバレーに勤めるホステスであるとの認識はなく、昼間、近所の事務所にでも勤めに出ているのではないかと考えていたとしても、原告と被告牛田の関係は一切明らかではないのであるから、金井は、被告牛田の職業が具体的にどういうもので、右小切手の換金は職業上のものなのか、それとも、あくまで個人的な関係からの依頼によるものなのか、そして、いずれにしても、被告牛田に換金を依頼している相手方は誰なのかを被告牛田に確認したり、更に、前に金井が原告に問い合わせをした際、電話に出た吉田の話の中には具体的な取引先の説明はなく、見方によっては、取引先を明言することを避けようとしていたのではないかとも考えられなくはないのであるから、もう一度、原告に電話をして、吉田ではなく、原告の代表者に対し、小切手を振り出した相手方はどのような企業ないし個人であるのかを問い合わせて調査するなどして、原告振出の小切手を被告牛田が換金するに至った経過を的確に把握するように努め、これらの点が判明するまでは、小切手の換金を停止するなどの措置をとるべきであったものというべきである。

しかるに、金井は被告牛田や原告に対し、いずれも右のような確認、調査を一切行うこともなく、被告牛田に依頼されるままに、小切手の換金を継続したものであるから、遅くとも右五〇〇万円の小切手(第四目録22の小切手)を換金した時点で、前記内容の過失が認められる(ただし、同目録27、28、33の小切手については、金井が換金依頼を受けたものではなく、これらの小切手については、被告大光銀行の従業員の誰の、どのような過失があったかにつき具体的な主張、立証がないのでこれらは除く。)。

4  これに対し、被告大光銀行は、持参人払い小切手の特性及び金井は実質関係を知りえないことなどを根拠に不法行為責任を問うのは失当であると主張するが、右のとおり、金井は、被告牛田の依頼がほぼ毎月のように連続しており、また、その持ち込む小切手は原告振出のものに限られ、換金後は直ちに現金として払い戻すという扱いであったことを熟知していたのであるから、小切手が持参人払い式であることや実質関係を知りえないということを根拠とする右主張は、採用できない。

また、被告大光銀行は、正当な理由のない預金者の小切手の受入れ、取立て、普通預金に組み入れた預金の支払い拒絶は、預金者に対する債務不履行となり、これによる損害賠償請求がなされる可能性もあると主張するが、小切手を受け入れるかどうかという段階においては、不審を感じた小切手の換金を拒絶しても債務不履行とならないことは明らかであって、被告大光銀行の右主張も採用できない。

5  以上によれば、被告大光銀行は、被告牛田の換金依頼に応じて、過失により吉田が横領した小切手の換金を継続したことによって、被告牛田と共同して原告振出の小切手を現金化したものというべきであるから、被告牛田との共同不法行為に基づく損害賠償として、被告相続財産及び被告牛田と連帯して、第四目録記載の22以降の各小切手(ただし、前記のとおり、同目録27、28、33の小切手は除く。)の額面相当額である六二〇万六九九四円の支払い義務を負う。

六  争点6(過失相殺)について

1  前記第二「事案の概要」中の二「基礎となる事実」2(一)ないし(三)で認定した事実、石塚の証言(≪省略≫)、津山の供述(津山調書①≪省略≫)及び弁論の全趣旨によれば、原告では、経理部長であった吉田を全面的に信頼して、原告における現金、小切手などの管理及び経理帳簿の記載など経理処理のほぼすべてを吉田一人に任せきっていたこと、特に小切手の振出に関知しては、振出の際、一応原告代表者である津山が銀行届出印を押印していたものの、吉田による振出の必要性の説明を全面的に信頼し、その内容的確認をしないまま処理してきたことは津山自身も認めており、今回のような不正行為に対し、津山においてこれをチェックするという機能をおよそ果たしていなかったこと、また、原告では、前記のとおり、取引銀行間における預金の移動に小切手を使用し、これを「振替」と称していたものであるが、この振替処理を行っていたこと自体、必然的に原告の小切手振出の機会を増加させ、吉田による小切手横領の温床になっていた可能性が極めて高いと考えられること、更に、津山は、平成三年二月に顧問税理士から、吉田について、敷金収入を巡る不正行為の可能性の指摘を受けていたにもかかわらず、特段の調査をすることもなく、従前どおり、吉田の作成した小切手に代表者印を押捺することによって、本件横領による被害を拡大させたものであることが認められる。

2  このような原告の過失を斟酌すると、被告牛田及び同川口に対する関係で、原告の各損害につき八割の、被告大光銀行に対する関係で、原告の損害につき九割の過失相殺をそれぞれ行うのが相当である。

したがって、被告牛田は、原告に対し、前記三6の三五二一万三三六七円の二割に相当する七〇四万二六七三円の支払い義務を、被告川口は、原告に対し、前記四6の一六九八万七八三四円の二割に相当する三三九万七五六六円の支払い義務を、被告大光銀行は、前記五5の六二〇万六九九四円の一割に相当する六二万〇六九九円の支払い義務をそれぞれ負うこととなる。

3  これに対し、被告相続財産に対する関係では、吉田は、むしろ、右のような原告の過失に乗じて、小切手の横領行為を継続して行ったものであるから、過失相殺を行う余地はないというべきであり、原告に与えた損害額全額を賠償すべきである。

七  結論

以上によれば、原告の本訴各請求のうち、被告相続財産に対する請求は全部理由があるからすべて認容することとし、被告牛田に対する請求のうち、七〇四万二六七三円及びこれに対する不法行為の後である平成四年五月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分並びに被告川口に対する請求のうち、三三九万七五六六円及びこれに対する不法行為の後である平成四年五月一七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分及び被告大光銀行に対する請求のうち、六二万〇六九九円及びこれに対する不法行為の後である平成四年五月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分はいずれも理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書後段を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滿田明彦 裁判官 沼田寛 野口宣大)

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